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とにかく歩いて目で見て堪能する

ボッチ城series遠征編【飛騨高山城】

高山市

岐阜県飛騨国

 

飛騨高山城 1
1600年代末、江戸時代になっての徹底した破城のケースは初体験だ
金森家38700石は小名だが木材と鉱山で実録10万石とも云われ、ノーマルな縄張りに、荘厳な建築物のアンバランスが興味深い城だと思う

金森長近像


築城した地形は、東西を川に削られた舌状尾根の先端だが、尾根が切れた単独山の様相。人力で尾根を深さ4m程切っているが、大部分は自然の地形だ


舌は❶❷❸❹の流紋岩の山々から成り、❺から南は異なる地質。この中で金森五郎八は❶に築城した

破城により石垣がどの程度残っているのか?、開発により縄張りは残存しているのか?、最北の城下町側から順次見てみた

奥の山が城北端

 

飛騨国 高山城 2
金森が転封となり、幕府より金沢藩預かりとされた。前田家は維持など出費がかさむため、幕府に願い出てから高山城を破却してお役御免を急いだ
そして1ヶ月余で破却は終わった..


建築物はもとより石垣まで撤去された。残存した石垣が無いか全体を見て周る。最も良く残っていたのが中段屋形郭の御門の脇石垣

まさか矢穴と対面できるとは思っていなかった。厚く幅広い矢は1600年間前後を偲ぶ
この山の岩質は濃飛流紋岩と呼ばれるもので、恐竜時代の火砕流になる。高温で火山灰が溶結したもので白くて軽い

層状っぽく亀裂が多く、採石で割った際に大きな石が採れるかは運しだいで、小振りな石を多く産したろう

廃城で良い石は街へ持ち去られ、本丸周りには土草に隠れるよう小さな石が食い込むよう残っていた

 

飛騨国 高山城 3
縄張り


本丸のある山城部分、二之丸御殿のある中段、出丸にあたる麓の三之丸から成る
各々が高低差のある山の斜面で分離され、城郭としての防御的な連続性が無い

山城部分は土豪クラス規模で小さく、石垣と豪華な建築物があったのが特徴
面白いのが金森絵図だと城下町が広がる北の二之丸側が搦手、南の本丸の山奥側が大手と記載されている

攻手は南の山に陣を構え、本丸を直接攻めれば(今は歩いて3分で本丸に達する)三段の石垣が阻むが1日で落とせるだろう
江戸幕府のもと、格や威厳としての城を目的とし、戦う城は最早必要としなかったのだろう

 

飛騨国 高山城 4
縄張り②
本丸を山頂とするため、山城らしい攻め手の進路を考えた縄張りであった。キーとなるのは尾根線3本と谷線2本

北尾根は麓を三之丸で塞ぎ、途中に二之丸を配して尾根を削り取り断ち切った。西尾根は侍屋敷など多段の小郭を配した。南尾根は大きな堀切状の地形に拡張し、残った尾根を土橋にするなどした

北西谷の上方


北西から本丸に達する谷、口元を二之丸で塞ぎ、上方は扇状に敵を討ち取る構え。南東から本丸に達する谷は、本丸の井戸もあり要地だが、本丸の十三間長屋などからの猛撃を受ける

 

順次、掲載していきます。。。